日本No.1シューター。
それがNHK教育で昔放映されていた音楽番組「ワン・ツー・ドン!」のどん君に似ている、という理由から、「どん」の愛称で親しまれる日本代表アタック和田亜紀子である。
「ラクロスは点をとってなんぼ。アタックとしての役割を果たすためにシュートは常日頃意識している。」と言う彼女は1日200本のシュートを打ち込んだこともあった。彼女の神がかり的なシュートの度にチームメイトも感嘆の声をもらす。
佐藤壮・日本代表アシスタントコーチ(AC)は「かっこいい!今のシュート俺も撃ちたい!!」と彼女のシュートを真似する場面も。「どんはまちがいなく日本一のシューターだよ。」彼はそう絶賛し3つの根拠を挙げた。まず、シュートイメージが多彩であること。そしてボールを最後の離す瞬間までゴーリーを見られること。そしてボールを思うようにコントロールできることの3つである。
得意なシュートはフェイクシュート。利き手は左手。今でこそどちらが彼女の利き手かわからないくらい左右を巧く使い分けるが、代表選手に選ばれた当時は、利き手とは逆の右手をあまり使わない選手だった。「お前が右で撃てなきゃ日本は世界で4位が狙えない。」佐藤ACは、そう和田選手に告げた以降、彼女が右で撃とうが左で撃とうが「右使え!」と発破をかけた。和田は左手でのシュートならどこからでも決められるという自信を持っていた。それ故に、時折「今は右で撃ったのに」とアイガードを外し、ふて腐れて背中を向けることもあった。しかし、佐藤ACが言わんとしていることを理解していた彼女は、得意の左と遜色ないシュートを右でも撃てるよう、努力を続けた。こうして佐藤ACがシュートに関して何も言わなくなった頃、和田は学生であるにも関わらず、「日本一のシューター」という名を不動のものとした。
しかし、そんな彼女が自分の見所として挙げたのはシュートではなく、「はねとびキャッチ」。ナイスシュートよりも取れないと思われるパスをナイスキャッチする方が好きだと言う。彼女が関西ラクロスを代表する強豪、武庫川女子大学ラクロス部に入部したのは、本入部の1年生から3ヶ月遅れた7月。遅れをとったものの優れたボール感覚を持つ彼女は、あっという間にパスキャッチができるようになり、1回生のリーグ戦終盤で鮮烈な試合デビュー。その試合でも点を決め周りを驚かせた。翌年には2回生でありながら関西学生リーグ戦のMVPと1部リーグ得点王になり、「武庫女の35番・和田亜紀子」の名は関西に知れ渡った。
彼女の人並み外れたボール感覚は様々なスポーツで培われた。小学生の頃はソフトボールチームに所属する傍ら、それだけでは満足できずに野球のリトルリーグチームにも所属。中学・高校ではバスケット部に所属し活躍した。チームとして目立った成績を収めることは出来なかったが、和田個人としては実業団から誘いが来るほど注目され、追っかけもいたという。また、サッカーボールがあると器用にボールを扱いリフティングを始める。武庫川女子大学の先輩でもある早川亜希サポートトレーナーは、そんな彼女の身体能力について、小さい頃からの様々なスポーツ経験が、コーディネーション能力(身のこなし方。つまり自分の体を自由に操る力。)を人並み外れたものにしたと絶賛している。
しかし、日本代表に選ばれるまでの過程は決して穏やかなものではなかった。2年前、関西ユース選抜でもエースだった和田は、2003年の19歳以下世界大会に向けた「19歳以下日本代表」としての活躍を誰もが信じ、期待されていたが、急激な成長と引き換えにか腰を痛めてしまい、実力はありながらメンバーに選ばれず、大会に出場することは出来なかった。(ちなみに、2003年の19歳以下世界大会出場メンバーの中には、現日本代表の塙妙子と松井理紗がいる)。もちろん無理をして自分の体を騙し騙し酷使すれば、3週間近くに及ぶ大会を戦い抜けたかもしれなかった。しかし、それは当時の19歳以下日本代表ゼネラルマネージャー・寺本香氏と、彼女を入部当初から見守ってきた武庫川女子大学ラクロス部の恩師でもある19歳以下日本代表ヘッドコーチ・山際友理氏の、彼女のフル代表としての将来を配慮しての苦渋の決断であった。そして寺本、山際両氏の気持ちに応えるべくコンディションを回復させ、スキルアップと共にフィジカルを充実させた和田は、翌2004年の21歳以下日本代表からフル代表に向けてのキャリアを再スタートさせ、同年6月に高田静江ヘッドコーチ率いる現日本代表に召集された。
昨年11月末の日本代表関西遠征では、和田の地元人気ぶりを再認識することとなった。2日目のクリニックの参加者の中には彼女のスタイル――髪型、額のゴムの巻き方、オーバーサイズのTシャツ、パンツを腰で履くところなど――を真似た者が度々見られた。特に顕著だったのは2日目最後のイベントとして行われた愛用品オークションで、和田の出品したTシャツの落札合戦は、熱心なファンの間で長時間に渡る熱いものとなった。和田はそんな地元の人気や期待にも応え、見事世界大会出場16名の切符を勝ち取った。
今年6月5日、江戸川区陸上競技場で行われた女子日本代表壮行試合、アメリカ東海岸大学選抜との国際親善試合では、体を絞り、昨年より少し胴回りがすっきりした印象の和田亜紀子がいた。聞けば、ここのところ馬渕博行トレーナーの「3つの“あ”(甘いもの、脂っこいもの、アルコール)を控えよう。」というアドバイスを守り、毎日必ず納豆と沢山の野菜を食べるようにしているという。身軽になった彼女は、前にも増して1対1のキレ味が冴え、憧れの「江戸陸」で初めてのプレーとは思えぬ絶好調ぶりで、チーム最多の5得点をマーク。そのスピーディーかつ多彩なシュートは会場に詰め掛けた観客達を魅了し、文句無しでMVPを獲得した。「関西の人気者」が「日本のエース」として認められた瞬間だった。
そんな彼女にワールドカップの抱負をたずねると、チームが目指している世界4位を超える「メダルがほしい!」という答えが返ってきた。彼女はきっと自らのシュートでメダルを勝ち取るだろう。日本一のシューターが世界に旋風を巻き起こす。華のあるプレーに魅せられ彼女から目が離せない。
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